あけぞらのつき
「死にたてとか、気持ちの悪いことを言うなよ」
「ミサキだって。炊き立ての白米が好きだろ。同じじゃないか」
白藍が不満そうに嘴を鳴らした。
「しっ。白藍、黙って」
「何だよ、急に」
「……話し声だ」
ミサキは白藍の嘴を片手で掴んで、耳をそばだてた。
何を言っているのかまでは聞き取れなかったが、辺りをはばかるかのような女の細い声が、ぽそぽそと微かに聞こえていた。
ミサキは話し声を頼りに、ふすまからそっと、奥座敷を覗いた。
***
「あれは……誰だ?」
小さなランタンの明かりの下、奥座敷には不似合いなベッドの上に、人形のような少女が乗せられていた。
顎のラインで切りそろえられた黒髪に、紅い唇。
その半分開いた唇に、料理番が、食べ物を注いでいた。
「今日は、よぅくお召し上がりに、なりますねぇ」
「……」
「左様ですか。ご機嫌が麗しいのは、何よりでございます」
「……」
「ええ、ええ。ムツコには、ちゃんとわかっております。スイ様のことは、ムツコがよぅく存じておりますからね」
料理番は愛しげに話しかけながら、少女の唇に食べ物を注ぎ続けていた。
少女は飲み込むことができないのだろうか。注がれた食べ物は、嚥下されることなく、唇の端からだらだらとこぼれ落ちた。
それでも料理番は、にこにこと話しかけながら、食べ物を注ぐ。
一通りの食事が済んだのか、料理番は、死体のような少女の紅い唇を拭いた。
料理番がベッドから離れた、その一瞬。
ミサキの目に飛び込んできたのは、両目を隠すように、幾重にも白い布が巻かれた、遠野透(とおのすい)の姿だった。