あけぞらのつき
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「茅花(つばな)……」
ミサキの目から、涙がこぼれた。
「どうして……茅花、どうして……」
「ミサキ?」
白藍はいぶかしげに、主人の顔を覗いた。
「茅花」
ミサキはもう一度名を呼んで、普段に似ず荒々しい仕草で、ふすまを開け放った。
不意を突かれたメイドが、悲鳴を上げた。
料理番が、「誰!?」と鋭い声を発した。
「嬢……ちゃま?」
料理番は、ランタンを掲げて、侵入者に問いかけた。
「嬢ちゃま、なの……?」
ミサキは料理番に答えず、ふすまに手をかけたまま、ベッドの少女を見つめていた。
その目に浮かぶ光は、白藍の知るミサキではない。
肩で荒く息をつき、ミサキは箱膳を蹴飛ばして、ベッドの少女を掻き抱いた。
「茅花。茅花。今度こそオレと……。オレと生きよう」
人形のような少女の、紅い唇が、微かに動いた。
「スイ様?」
それは、彼女が再び、時を刻んだ瞬間だった。
ミサキは彼女の体を抱きしめたまま、眠るように気を失った。