あけぞらのつき
コツコツと堅い靴音を響かせた、遠野臨が、舞台の袖から姿を現した。
「俺にも聞かせて欲しい話だな」
傍らには、小野寺仰以を伴っている。
「御曹司」
「ミサキは?」
遠野の問いかけに、ハスミが首を振った。
「そう、ですか」
「姉君は、あれからいかがされている?」
「……泣きます」
「泣く?」
「ええ。意識は戻りません。ですが、盲いた瞼の隙間から、涙をこぼすそうです」
「それは……」
「茅花(つばな)とは、一体、誰なんですか?」
遠野の言葉に反応したように、古い映写機がカタカタと音を立てて回り始めた。
一瞬アキは、主人が目覚めたのかと顔を覗いたが、まだ眠ったままぴくりとも動かない。
それでも映写機はカタカタと回る。
始まるのは、悪夢か淫夢か。はたまた、誰かの記憶の残骸か。
遠野はやはり傍らにタカユキを伴って、狭いシートに腰を下ろした。
遠野家の御曹司は、夢の中でもタイを決して緩めない。
カタカタと、映写機が回る。
***
「アキ!!」
スピーカーから流れたのは、在りし日のミサキの声だ。
ほらこっちと白い樹精を手招きしてから、しぃっと唇に指をあてた。
「主様、そんなオイタをしていたら、大ナマズに足を食われてしまいますよ」
「あいつ、ズルいんだ。昨日は確かに捕まえたのに、ぬるんと手をすり抜けて逃げられた。なあ、アキ。山が揺れるのは、あいつが池の底で暴れてるからなんだろう?」
「そういうこともありましたが、昔話です。それに、山を揺らすほどの大ナマズは、あんなに小さくありません」
「アキは、見たことあるのか?」
「ええ。一度だけ。主様なんて、一口で丸飲みされてしまいますよ」
池を覗いていたミサキは、恐る恐る水辺から離れ、樹精の背に隠れるように抱きついた。
「今日は……この辺にしといてやる。別に怖いワケじゃないからな」
強がった捨てゼリフは、やがて暗転した。