あけぞらのつき

それでも映写機は回り続ける。


映像のないまま、音声が流れた。画面に緊迫感が走った。

聞こえてくる獣のうなり声は、一匹ではない。

画面が急に赤く染まった。



助けて……。


それは、声ではなく、水鏡を振るわせた思念のようなものだ。



「もう……大丈夫ですよ」



優しい声とともに、視界がぼんやりと明るくなった。


初めてその目に写したものは、優しげに微笑む白い樹精の姿だった。


安堵、感謝、生まれてしまった悲しみ。全てを綯い交ぜて、赤ん坊は、樹精の腕の中で産声をあげた。


樹精の微笑みはさらに暗転し、画面から消えた。



映写機は、まだ止まらない。


燃えさかる炎の中で、ミサキと同じ目をした少年が、血の涙を流しながら、こちらを睨みつけた。


誰かの亡骸を抱えて、相貌は怒りで歪んでいる。



「許さない」

一声だけ叫んだ言葉が、小さなシアターにこだました。



映像は何の前触れもなく途切れ、シアターは、闇に包まれた。


「……。今のは……?」


シアターの薄暗がりの中で、微かにすすり泣く声がした。



「ミサキの記憶だな?アキ」


金の瞳の修験者が、落ち着いた声で尋ねた。アキはただすすり泣くばかりで、答えはない。



「ですがハスミ殿。最後の炎の記憶。あれはミサキではありませんでした。本当にミサキの記憶でしょうか」



「……。あれは……。御曹司……」


ハスミは苦しげに柳眉を寄せた。



「主様です。……鏡偲という少女になる前の……長夜叉様です…」


「アキ……」



長夜叉。

遠野の隣で、タカユキが呟いた。



「タカユキ?どうしたんだ?」


遠野は心配そうに、タカユキの顔を覗いた。


「タカユキ!!」



「ようやく、たどり着いた。小賢しい長夜叉め。こんなところに巣を持っていたとは」


タカユキは、歌うように低く呟いて、立ち上がった。



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