あけぞらのつき
「嘘はいけないよ、臨さん。僕を信じてるなら、どうしてそんな表情をするの?」
「タカユキ……」
「長夜叉は、信じていた樹精にも裏切られて、その上、血を分けた兄の子供にまで裏切られるのか。可哀想とは言ってやらないのか、白梔」
タカユキは楽しそうに、ミサキの喉を締め上げた。
「助けなくていいのか?なんだ、拍子抜けだな。ふん。腰抜けどもめ」
とどめを刺そうと、更に力を込めた瞬間。
孤高の眠り姫が、双眸をカッと見開いた。
***
眠り姫の覚醒と同時に、炎柱(ひばしら)があがった。
小さなシアターに、熱風が渦を巻く。
その渦の真ん中で、ミサキは横たわったまま、タカユキを見上げた。
タカユキは、ミサキの眸の迫力に、思わず後ずさりをした。
「お前、誰だ?」
目覚めたミサキはタカユキの手を掴み、低い声で尋ねた。
「……」
「誰だ、と聞いているんだ」
いつの間にか火の手はシアターのあちこちから立ち上り、逃げ場を塞いだ。
「お……小野寺、たか…ゆき……」
タカユキは、時折吹き付ける熱風に咽せながら、答えた。
「違うな。お前は、なりそこないだ。樹精にもなれず、神木にもなれず。こんなところで……死んでいくのか」
ミサキは口元に笑みを浮かべ、歌うように数を数えた。
タカユキの足元から這い上がる、黒い炎の渦が、トグロを巻くようにその身体を締め上げた。
タカユキは、ヒッと喉の奥で悲鳴を上げた。その場にいた誰もが、動くことすらできないでいた。
「地獄の業火に焼かれるのは、嫌だろう?その子供は置いてゆけ」
燃えさかる炎は、長刀へと姿を変え、ミサキの手中に収まった。
ミサキはそれを一振りして、タカユキの身体を引き裂いた。
「ぎぃゃあああ……」
タカユキは断末魔の叫び声をあげて、ミサキの足元に、ころんと転がった。
一つとして欠けたところのない、瑠璃の珠だった。