あけぞらのつき
あ……。その先の言葉が出ない。
「ミサキ?どうかしたのか?」
「……。いや。何でもない」
「……」
遠野は訝しげな眼差しで、ミサキを見つめた。
「病院?白藍がいないのは、病院だからと言ったな。なぜわたしが、病院にいるんだ?」
「覚えて、いないのか?」
目の前にいるのは、ミサキか長夜叉か。
遠野は見極めるように、ミサキの様子を伺った。
ミサキは窓枠から仰け反るように、月の光を浴びて、目を閉じた。
「目覚めたら、ハスミがいなかったんだ」
目を閉じて月の光を浴びたまま、ミサキが口を開いた。
「それで、白藍と一緒に夜食を追いかけて……」
「夜食?」
「ああ。ムツコがメイドに持たせてたのを見た。ハスミは、わたしに内緒で、夜食を食べようとしてたんだ」
夜食は夜食でも、それは遠野の姉のものだったはずだ。その光景を、ミサキは忘れているのだろうか。
「それで、目覚めたら、ここにいた。夜食はどうなったんだ?」
「なんだ。ミサキは腹が減っているのか」
遠野は、からかう口調で言った。
だが手の中は、じっとりと汗ばんでいる。真実を告げるべきか否か。
もしミサキが長夜叉として覚醒したら、今のミサキはどうなってしまうだろう。
「腹は減ってないよ。でも何というか、虚しい気分だ」
「虚しい?」
「ああ。大切なものが、なくなってしまったような」
「それはきっと、月の光のせいだろうよ。ミサキがこんな時間に起きているのも珍しい。朝までまだ時間がある。もう少し眠った方がいい」
「眠る……?」
その言葉に、ミサキは「うわぁあああ」と叫び声を発し、頭を抱えてうずくまった。
「ミサキ!?どうしたんだ、ミサキ!」
「嫌だ。眠りたくない。嫌だ……」
ミサキは小刻みに頭を振って、そう繰り返した。
「落ち着けミサキ」
「嫌だ。眠りたくない」
「大丈夫だから、落ち着け!」
「嫌だあ!!」
声の限りに拒絶を叫び続けるミサキに、遠野は為す術もなくナースコールを押した。