あけぞらのつき
「白梔(あき)」
ミサキが嬉しそうに、名を呼んだ。
「遠野の屋敷は、慣れましたか?」
心配そうに尋ねたアキに、ミサキは不貞腐れたように顔を背けた。
遠野とは旧知ではあるものの、まだ幼さの残る主人を預けることには、不安があった。
「息苦しくて、たまらないよ。どこもかしこも、ヒトだらけなんだ」
「仕方ありません」
それは、ミサキに言った言葉ではあったが、アキ自身にも言い聞かせているものだ。
手中の珠と育ててきたミサキから離れるのは、身を裂かれるほどにツラい。
だがそれは、堪えなければならないことと、アキは承知していた。
「遠野は、何を探しているんだ?」
ミサキが不満げに尋ねた。
「さあ。わたくしも、ヒトを探しているとしか」
「夢の中にか?」
「あるいは、誰かの記憶の中かも知れません」
「もう半年経つんだろ?そろそろ手がかりくらいは、掴んでいたいところだな。わたしは、遠野に三年も付き合うのはゴメンだ」
三年、とミサキは言い切った。行きたくないと泣くミサキに、長くても三年と約束したのは、アキ自身だった。
白藍に甘いと言われる所以だ。
「何だ?家賃の心配か?」
コツコツと堅い靴音を響かせて、舞台の端から遠野が姿を見せた。
遠野家の跡取りは、夢の中でも、制服のタイを緩めない。
「また出た」
ミサキは嫌そうに言って、アキの膝に座った。