あけぞらのつき
ミサキが長夜叉の生まれ変わりだったように、スイもまた茅花の生まれ変わりではないかと、ハスミが言った。
「御曹司は、姉君がどうしてあのような姿になったのか、ご存知か?」
「詳しくは、知りません。ですが、ある日突然、眼球が消えた、と」
「眼球が?」
「はい。どうしてそうなったのか、原因はわからないそうです。ただ、最初から無かったように、消え失せたと」
そうか、とハスミは頷いた。
ただ頷いて、スイの手を握ったまま眠るミサキに目を向けた。
「ミサキの父は、御曹司の兄ではないかと言ったことがあったな」
ハスミとともに家系図を見たのは、つい先日のことだ。
しかし、遠野には遠い昔のように感じられた。
「あれの母もまた、遠野の血縁ではないかと」
「……はい」
「長夜叉様はあの時、まっくらを兄殿の子に封じたんだ。長夜叉様の兄。名を、刹那(せつな)と言った」
「刹那の子……」
それはあの燃えさかるシアターで、ミサキの姿をした長夜叉が言った言葉だ。
「御曹司は夢を渡れないだろう?それでいい。長夜叉様はあの時、生まれたばかりだった兄殿の子に、まっくらを封印したんだ。封印。自由に動けぬよう、印を付けること。その印は、長夜叉様自身」
ハスミは記憶を辿るように目を細めた。
眼帯の下に隠された右目には、どんな光景が見えているのか。
遠野はただ、ハスミの言葉を聞いていた。
「遠野家は二百年……いや三百年かけて、その血を薄めてきた。まっくらが滅びるまで。それは、長夜叉様の消滅も意味する。遠野は家として残っても、一族とは呼べないだろう。長夜叉様はそれを望まれた」
だから長夜叉は、刹那の子が夢を渡れないと聞いて、安堵したのだ。
「でも、兄の子であるなら、ミサキは俺よりも血が薄いはずでは?」
「そうだな。だが、ミサキはシアターを持っていた。母の腹で獣に襲われた時、樹精を呼んだのは、夢を渡る本能だったのだろう」