あけぞらのつき
「ミサキが……長夜叉様だったから」
「違う。ミサキの母もまた、遠野の血縁だったからだ」
「ミサキは以前、生まれたときからまっくらを知っていると言っていました。それは、長夜叉様の生まれ変わりだからじゃないんですか?」
卵が先か、鶏が先か。
言い合ったところで、結論がでるわけでもない。
「少なくとも、ミサキが生まれるよりも前に、まっくら自身の封印が解かれたことは、確かだろう」
「封じる印は、長夜叉様自身と言ったのは、ハスミ殿でしょう」
「そうだったな」
ハスミは深く頷いた。
「御曹司、俺は、スイのことが気になっているんだ。スイは御曹司の姉であると言う。だが、家系図に名はない。しかも、茅花と瓜二つ。……どうして家系図に名が無いのか、不思議でしょうが無い」
「それは……。ハスミ殿には、何かお考えが?」
「御曹司。遠野家の直系は、父ではなく母だったな?」
確か家系図には、母を嬉子(きわこ)、父は夫と表記されていた。つまり父は、遠野以外の人間、血を薄めるための婚姻だ。
「スイを生んだのは嬉子だったのだろう。では、スイの父は?」
「……」
「突然消失した眼球。それは、何かと契約したアカシではないか」
「まさか……」
「いや、きっとそれは、俺の考えすぎだろう」
「同じ両親から生まれた兄姉なら、血の濃さは、俺と変わらぬはず。姉は……スイは、スイの父は……」
ハスミは燻し銀のキセルを取り出して、縁側から庭へ降りた。
ラムネ瓶の月は、皓皓と光を投げかけていた。
「スイの父も、遠野の血縁だったのではないかと思う」
「俺たちの父親は、ただの人間です。家系図に夫としか表記されないほど、遠野家とは関係のない父です」
遠野は息を乱して、ハスミに叫んだ。
ハスミはゆっくりとキセルをくゆらせ、月を見上げた。
「落ち着け。御曹司も一服やるかい?」
「俺は……未成年ですから」
そうか、とハスミは寂しげに笑った。
見た目の年はさして変わらないと言うのに。
「七百(なおと)が」
「……はい」
「御曹司の兄が出奔した頃、御曹司はまだ母の胎内だったな」
「……はい」
「御曹司は夢を渡れない。それは、血が薄いからだ」
「……はい」