あけぞらのつき
「その頃、スイは10歳と言ったな」
「……はい」
「スイの眼球が契約のアカシとすると、父はやはり、遠野の血縁ではないか」
「ハスミ殿。……遠野の血縁と呼べる者は、もうおりません。俺と、スイだけです」
「さようか」
「最後に夢渡りのできた刀自……祖母の娘は、二人だけでした。母と……妹の爽子(さわこ)。母は、スイが盲た頃に死にました。叔母には……会ったこともありません」
ハスミは、キセルの煙を目で追って、沈黙していた。
遠野は端整な顔立ちに、苦渋の表情を浮かべて、唇を噛んだ。
「ミサキの母は、爽子かも知れません」
兄と叔母の間の子。認めたくはない。だが、それなら、納得がいく。
遠野家の正統な跡取りだった兄が、家を捨てて禁域で心中した理由も。
「最後の術者は、御曹司の祖母。間違いないな?」
「……ミサキとスイを除けば」
「御曹司、夢を渡れるかと聞かれるのは、苦痛か?」
「俺は、何とも思いません。夢を渡るのは、女だけと聞いています。俺にはできなくて当たり前のことですから」
「では、御曹司の母姉妹は、どうだったのだろうな」
「え……?」
「夢を渡れない、遠野の娘」
「でもそれは、長夜叉様の望まれたことだと」
「そう。俺たちはその理由を知っている。だが、嬉子と爽子はそれを知っていたのか。知らなかったからこそ、七百と……」
「まさかハスミ殿は、母まで兄と……」
「嬉子と七百の間の子であるなら、間違いなく遠野の純血だろうよ」
「スイは……」
「だから、家系図に名を載せられなかったのだろう。母と息子の間に生まれた娘。可哀想にな」
「そんなこと……」
ハスミは吸い終わった灰を砂利の上に落として、キセル入れに仕舞った。
「スイとミサキは異母姉妹だ。しかもその母もまた姉妹。どこまでも血の濃い、遠野の娘たちだ。だから茅花で……長夜叉様だったのだろう」
卵が先か、鶏が先だったのか。
遠野はただ呆然と、手を握りあって眠るミサキとスイを見つめた。
月の光は、二人まで届かない。小さなランタンの下、ミサキはスイの身体を抱いて、安らかな顔をしていた。
「俺には推測しかできないよ。そう考えれば、ツジツマが合う、というだけの話しだ」