あけぞらのつき

「スイが茅花だったから、長夜叉様はミサキとして生まれた?」


遠野はハスミの言葉を反芻した。信じたくはない。


だが、ミサキのシアター、業火の光景、そして、小野寺仰以。

長夜叉が、持っていてやれと言った青い宝玉は今もポケットの中だ。


ハスミは推測と言ったが、遠野にはそれが真実のように思えた。


幼い頃から、あれは姉だと聞いて育てば、ただそうなのかと思っていた程度だ。


スイは臨と同じ母から生まれた、兄の子だ。

鈴を転がすように涼やかに「りん」と呼ぶスイの声が、耳に甦った。



「スイは……知っていたのでしょうか」


「さあな」



「知ってしまったとしたら、スイは……」


茅花と呼ばれて流す涙は、悲哀の涙か。



「御曹司……」


「もしミサキが長夜叉様として、完全に覚醒されたら、ミサキはどうなってしまうのでしょう」



「俺にも分からんよ。長いこと生きてきたが、こんな話しは初めてだ」


「ミサキの……。禁域の樹精は……」



ハスミは黙って首を振った。

クチナシの樹精が、手中の珠と育てた少女は、なぜ、微笑みながら消え失せろと囁いたのか。


「長夜叉様は、樹精の友人であり主人だったと言っておられませんでしたか?」



「……」


「何が、あったんですか」



空が、白み始めた。

紅い目をしたアルビノは、ぱさぱさと羽根を振るわせた。


孤高の眠り姫が、双眸を開いた。

< 76 / 93 >

この作品をシェア

pagetop