あけぞらのつき
点と点
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ミサキは視界にハスミの姿を認めると、眠ってなどいなかったかのようにベッドから飛び降りて、ハスミのそばに駆け寄った。
ハスミを抱きしめ、その黒髪の匂いを確かめてから落胆する。
それが、ミサキの日課だった。
ハスミは覚えている。だが、白梔の記憶はない。
眠るのが怖いと叫んだあの日、ミサキの中から、白梔という樹精の存在が消えていた。
それでも毎朝ハスミの匂いを確かめるのは、どこかにクチナシの甘い香りを期待しているせいだろう。
「ミサキ。ハスミ殿は加齢臭か?」
遠野がからかう口調で言った。ミサキはムッとした表情を浮かべて、遠野を睨んだ。
遠野がミサキを引き付けている間に、ハスミは、スイの眠る奥座敷のふすまを閉めた。
目を覚ますと、忘れてしまう。スイのことも、茅花のことも。
それでもスイを見れば、いっかな離れようとしない。ミサキをそうさせるのは、長夜叉なのだろう。
スイが誰なのかも分からないのに、離れられないと、ミサキは泣いた。
目に入らなければ、思い出すこともない。
「ハスミは無臭だ。そうだな。強いて言えば、春の匂いがする」
「春?それはまた、やけに漠然とした匂いだな」
「遠野が知らないだけだろ。春は、いい匂いなんだ。湿った土と太陽の匂いだ」
なあ。とミサキはハスミを見上げた。
「お嬢。御曹司にそんなことを言っても、わからんだろうよ。山じゃないんだ。土もほとんど見かけない」
「だいたい、加齢臭って何だよ」
可愛らしく口を尖らせて、抗議するようにミサキが言った。
「ものの例えだ。それよりミサキ。カレーという食べ物があるのは、知ってるか?」
「そのくらい。遠野はわたしをバカにしているのか?ムツコが夕食に作ってくれた、アレだろう?」
「そうそう。アレだ」
遠野はキョロキョロと辺りを見回す仕草をしてから、長身の膝を屈めて、ミサキの耳に口を寄せた。
「な……なんだよ」
「カレーにしょうゆを垂らすと、美味いんだ」
ミサキは無意識に生唾を飲んだ。