あけぞらのつき
遠野はカップにスプーンを沈めたまま、二人の会話に耳をそばだてた。
「よく考えてみれば、ムツコの料理を食べているわたししか、思い出せないんだ。食べているということは、起きているということだろう?わたしの夜は、どこに行ったんだ?」
「さあなあ。お嬢は食いしん坊だから、一日を通して食べ続けているのかも知らん」
ハスミは涼しい顔で、焼いた卵をパンに乗せた。
「お嬢知っているか?こうして乗せた卵に、しょうゆをかけると、美味いんだ。……あ、でもお嬢のパンには、ミツがかかっているな。残念だ」
「ハスミ!!」
ミサキは両手でこぶしを握り、白いクロスのかかったテーブルを、ドンッと叩いた。
その振動で、スープが跳ねる。
揃いのお仕着せのメイドが慌てて、ミサキのそばに寄った。
「お嬢様、お怪我はありませんか?」
と、心配そうにミサキの手に布巾を当てた。
大丈夫だから、と言おうとして、ミサキはメイドの手に目を留めた。
「お前の方が、大丈夫なのか?」
ミサキが心配そうに問うた。
メイドの手には、熱いもので貫かれたような傷が、ケロイドとなって残っていた。
***
メイドは手を掴まれたまま、ポカンと口を開けてミサキを見つめた。
「お嬢?」
ハスミは立ち上がり、そのメイドの手を取った。ためつすがめつ検分して、首を傾げる。
メイドの手に、変わったところなど見当たらない。
「あの……」
遠慮がちに、メイドが声を発した。
「ああ、済まなかったな。悪いが、お嬢にパンを一枚焼いてもらえないだろうか。ミツをかけないで持ってきて欲しい」
「はい。かしこまりました。では、ハニートーストはお下げしてもよろしいでしょうか?」
「いや。これは俺が頂くよ。下げたら捨てられるだろう?もったいない」
メイドはペコリと頭を下げて、食卓の部屋から出て行った。