あけぞらのつき
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「お嬢の心は、理解した。だが、夜までまだ時間がある。お嬢の消えた夜を探そうにも、肝心の夜が来ないことにはな」
ハスミは燻し銀のキセルに、たばこの葉を詰めて言った。
「じゃあ、夜が来たら、わたしと一緒に探してくれるのか?」
「そうなあ」
「ハスミ!これは、セツジツなモンダイなんだ」
「ほう。お嬢はどこでそんな言葉を覚えたんだ?」
「ハスミ!!」
「まあ、待て。お嬢も一服するかい?」
ハスミは煙をミサキに吹きかけて言った。
ミサキは嫌悪の表情を隠そうともせず、ハスミを睨んだ。
「お嬢はよほど、夜が待ちきれないと見える。だがそう急いたところで、日が沈んでくれるわけでもない。どれひとつ、遊びでもしようか」
「遊び?」
「ああ。お嬢には、これとあれが同じに見える。俺と御曹司には、同じに見えない。どうしてなのか。なぞなぞ遊びだ」
ミサキは顎に片手を当てて、ハスミと遠野を交互に見つめた。
「どうした、降参か?」
「いや。考えているんだ。わたしに見えているのに、どうしてハスミと遠野には見えないのか……」
答えなど、ハスミにもわかりはしない。
けれどもミサキは真剣な表情で、小さな公園を歩き回り、拾った木の枝で地面に何かを描いた。
ハスミはキセルをくゆらせて、ミサキの様子を見守った。
それは、いくつかに分かれた絵のようだった。
「ミサキ、それは?」
遠野が、長身の膝を屈めて尋ねた。
「ああ。この箱から、光が出るだろ?」
ミサキは枝で絵を指して言った。
「光?」
「そう。それで、ここの幕に絵が映るんだ。それは、誰かの悪夢かも知れないし、わたしの記憶かも知れない」
ハスミは右手からキセルが落ちたことにも気付かず、ミサキに見入った。
「わたしはそれをただ見ることしかできないが、遠野ならこれを操ることができるんだ」
「ミサキはどうして、俺ならできると思うんだ?」
「そうだな、どうしてだろう」
ミサキは上の空で返事をし、地面に線を引いた。
公園の地面いっぱいに書かれたそれは、ミサキが知るはずのない、刹那から続く、遠野の家系図だった。