あけぞらのつき
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古い映写機がカタカタと音を立てて回り始めた。それが始まりの悪夢だということを、彼女は知っている。
聞くだけでは、つらかろう?
甘く囁くのは、誰の声か。深闇の中をゆらゆらと漂いながら、密やかな声が惑わせる。
今度はお前が呪う番だ。
トンッと何かが刺さった、軽い音がした。かすかな星明かりにきらりと光った翡翠のカンザシは、ずっと昔、愛しい人がくれた形見の品だ。
きゃらきゃらと可笑しそうに声を立てて、それが嗤う。
欲しければ、くれてやる。さあ!
受け取ってはいけない。
彼女は大声で叫んだ。その細い体のどこに秘めていたのかと疑うほどに、彼女は叫び続けた。
だがその声は、届くこともなく、吸い込まれるように闇に消えた。
呪いは、解き放たれた。
耳につく不快な嗤い声は、尾を引きながら、そう言って沈黙した。
***
ミサキは、小さなシアターの狭いシートに座ることなく、スクリーンを見つめていた。
薄暗いシアターは微かに、カビとホコリの混じったような匂いがしていた。
外は雨が降り始めたのか。ザアッという雨音とともに、長身の人影がシアターのドアを開けた。
「遅かったじゃないか、遠野」
ミサキは人影を確認することもなく、声をかけた。
「入り口を探すのに、手間取ったんだ」
自分を遠野と呼んだミサキに、彼は安堵の息をついた。
シアターに戻っても、ミサキはミサキのままだ。それが何より、嬉しかった。
「あれは、茅花だ」
ミサキは静かな声で、スクリーンを指した。
「茅花?ミサキはそれが誰なのか、知っているのか?」
遠野の問いかけに、ミサキは黙って首を横に振った。
遠野にとってそれは、茅花ではなくスイだ。
眠ったきり目を覚まさない姉が、動いているのを見るのは、久しぶりだった。
「わたしは知らない。でも胸の内で、誰かが、あれは茅花だと」
ミサキは切なげに目を細めた。
切ないのは、ミサキの中にいる長夜叉の想いだろう。
叫ぶ茅花の名残を惜しむように、スクリーンはゆっくりと暗転した。