あけぞらのつき
「あのカンザシは、わたしが茅花にやったものだ。茅花の髪によく似合っていた」
「ミサキ……?」
「ああ、いや、ちがう。わたしは知らない」
映写機は、カタカタと回る。カツーン、カツーン、という物悲しい音が響く。
闇に紛れるように、女の影が榎木のそばに立っていた。
「殺されたのよ。この男に。もっと早くこうしていれば……。彼女は死なずにすんだのに!」
嗚咽をかみ殺し、女は釘を打ち付けた。
女の嗚咽をBGMに、場面が次々フラッシュする。
そのどの場面にも映っているカップルは、親密そうに寄り添って、幸せな笑顔を見せていた。
「彼女を、返して!」
カツーンと、静寂の中、音がこだまする。
カップルのすぐそばで、糸を渡る細いピンヒールを履いているのは、榎木に釘を打つ女自身だ。
男は恋人に気付かれないよう、後ろ手に回した手で、ピンヒールの女の手を握っていた。
***
ミサキは裸足の足先で絨毯を踏みながら、スクリーンへ近付いた。
「わたしには人間の事情など分からないが、ツガイの女とハイヒールの女は、友人だったということか?」
「そのようだな。あの男は、恋人の友人に手を出したんだ」
「それなら何故、男を呪う?死んだ、とはどういうことだ」
狂った旋律で、オルゴールが鳴り出した。映写機が回る。
それは何度も見たことのある古い夢だ。嘘か本当か、最後まで見ると死んでしまうと言う。
通称、猿夢。サルユメ。
339
眼球をえぐり出された女の顔が、アップで映し出された。
「ツガイの女は、あの時の」
ミサキは、裸足の足元に転がってきたそれを、拾い上げた。
瞳の中には、小さな金属片が突き刺さっている。それが最後に見たものは、何だったのか。
「そうか。後悔していたのか。自分自身を呪うほどに」
「自分?」
「ほら。小野寺に追われた男が、足かせをつけていただろう」
「足かせ……。ああ、ピンヒール?」
「あの女が本当に罰して欲しかったのは、男じゃなくて、自分自身だったのかも知れないな」
なあ、とミサキはスクリーンに向かって呼びかけた。