あけぞらのつき

「あのカンザシは、わたしが茅花にやったものだ。茅花の髪によく似合っていた」



「ミサキ……?」


「ああ、いや、ちがう。わたしは知らない」



映写機は、カタカタと回る。カツーン、カツーン、という物悲しい音が響く。

闇に紛れるように、女の影が榎木のそばに立っていた。


「殺されたのよ。この男に。もっと早くこうしていれば……。彼女は死なずにすんだのに!」


嗚咽をかみ殺し、女は釘を打ち付けた。


女の嗚咽をBGMに、場面が次々フラッシュする。

そのどの場面にも映っているカップルは、親密そうに寄り添って、幸せな笑顔を見せていた。


「彼女を、返して!」

カツーンと、静寂の中、音がこだまする。


カップルのすぐそばで、糸を渡る細いピンヒールを履いているのは、榎木に釘を打つ女自身だ。


男は恋人に気付かれないよう、後ろ手に回した手で、ピンヒールの女の手を握っていた。


***

ミサキは裸足の足先で絨毯を踏みながら、スクリーンへ近付いた。


「わたしには人間の事情など分からないが、ツガイの女とハイヒールの女は、友人だったということか?」


「そのようだな。あの男は、恋人の友人に手を出したんだ」

「それなら何故、男を呪う?死んだ、とはどういうことだ」


狂った旋律で、オルゴールが鳴り出した。映写機が回る。

それは何度も見たことのある古い夢だ。嘘か本当か、最後まで見ると死んでしまうと言う。


通称、猿夢。サルユメ。
339


眼球をえぐり出された女の顔が、アップで映し出された。


「ツガイの女は、あの時の」

ミサキは、裸足の足元に転がってきたそれを、拾い上げた。

瞳の中には、小さな金属片が突き刺さっている。それが最後に見たものは、何だったのか。


「そうか。後悔していたのか。自分自身を呪うほどに」

「自分?」


「ほら。小野寺に追われた男が、足かせをつけていただろう」

「足かせ……。ああ、ピンヒール?」


「あの女が本当に罰して欲しかったのは、男じゃなくて、自分自身だったのかも知れないな」

なあ、とミサキはスクリーンに向かって呼びかけた。

< 86 / 93 >

この作品をシェア

pagetop