あけぞらのつき

「雨に紛れれば、気付かれないとでも思ったか」


「誰か、いるのか?」


ぞろりとした黒い気配が、舞台の床から盛り上がった。

それはスクリーンの白い光に照らされて、ゆらりゆぅらりと揺らめきながら、ヒトのカタチになろうとしているようだった。


「縁切りと呼ばれたお前が、縁を頼りにここまで来るとはな」



「長夜叉の……。長夜叉の首を、差し出さねば……」

ノイズ混じりの声が、高く低く囁いた。



「お前には無理だ。首の代わりに業火を与えてやろうか。傷はまだ痛むのだろう?」


黒い影は、怯えたように小さく縮んだ。


「お前は最初から見当違いだった。本当のエモノは、男ではなく女だ。そんなことにも、気付かなかったのか」


「……っ」



ミサキは歌うように言って嗤った。



「もう、カタチを取ることもできないのだろう?巣に帰れ。それとも、一人きりは寂しいか」


「……」

影の発した声は、ノイズに紛れて聞き取れない。ただ、ミサキだけは、そうかと言って頷いた。


「名は?」



「……。……。え、い」


「エイ。榎依か。悪くはない名だな」



ミサキが名を呼ぶと、黒い影は揺らめきながらカタチとなった。

榎木がつける花と同じ、淡黄色の髪をした女だった。
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