あけぞらのつき
「そこまで、どうして信じられる?」
「アキは、わたしのものだからだ。昔も今も、これから先までずっと」
ミサキは肩で息をして、長夜叉を睨みつけた。
「お前は知っているのだろう?愛する者が奪われることの苦しみを。わたしからアキを奪わないで欲しい」
長夜叉は目をそらすことなく、ミサキを見つめた。
ミサキの赤い唇が、茅花の面影と重なった。
「茅花のこと……。長夜叉様が白梔を許せないお気持ちは、お察しいたします。ですが、その子に……。クチナシが育てたその子供に、白梔を返してやってください」
金の猫の目をした修験者が、深く深く頭を下げた。
「樹精が死ぬのは、オレのせいではない。オレだけが悪者か?違うだろう?あれが望んだことだ」
「アキが勝手にわたしから離れることなど、許さない。アキの生死を決めるのは、お前じゃない。わたしだ」
「茅花……」
ハスミは初めて、逡巡する長夜叉の姿を見た。
「長夜叉様」
ハスミが呼びかけると、長夜叉は黙って舞台へ上がり、スクリーンに手を伸ばした。
長夜叉の手はスクリーンをすり抜けて、水に漂う白い樹精の体を掴んだ。
それは、ミサキが小野寺仰以の体を取り出したときと同じように、長夜叉もまた、樹精の体を舞台の上へと取り出した。
「アキ!!」
ミサキは一段高い舞台へ駆け寄り、心配そうに、自分の守護者を見つめた。
ハスミがアキの体を検分して、水を吐かせると、アキは大きくむせながら息を吸い、目を開いた。
うつろな眼差しで最初に捉えたのは、泣きべそを浮かべる、ミサキの顔だった。
「主様……。また、泣いておられたのですか…」
「アキが……」
「……はい」
「アキがわたしを置いていこうとしたからだ!」
アキはミサキに答えることなく、目を閉じた。
「お前を、許したわけではない」
アキを冷たく見下ろしたまま、長夜叉が言った。アキは目を閉じたまま、ただじっと、長夜叉の言葉を聞いた。
「だが、鏡偲として生きていた時間に、お前は必要だったのだろうよ。オレは……、死んだ人間だ。今、生きているミサキがお前を必要と言うなら、それを正道と認めるより他はない」
長夜叉は横たわるアキのそばに膝をつき、そっと白い髪をなでた。
「もう二度と、裏切ることは許さない。オレも鏡偲も」
白々と、長かった夜が明ける。