死の代償
 ふーん、そうなら、このはっきりしない顔と言うのは、あたしの持ってる漠然としたあのもやもやの不安がそうさせているのかしら。

 そんなことを考えながら、美雪は宙に浮いているカッターナイフになんとなく手を伸ばした。

 掴んだ瞬間だけ、冷たく堅い不動の石を持った感触がして、直ぐにプラスチックの軽いものに変わる。

 まるで美雪が手にした途端に、カッターナイフがカッターナイフであることを思い出したかのようだった。

 また、男の顔を見上げる。

 もやもやしたままだったのでまた黒眼鏡に視点を合わせる。

「で、あなたが悪魔だったとして」

「悪魔ですってば」

「……それで、あたしに何のようなの?せっかくあたしが死んでみようとしているのを邪魔して楽しい?」

 悪魔は、やっと話が進んだことを喜んだかのように肩を少し上げた。

「そう、それなんですよ。お嬢さん」

「な、なによ」

「困るんですよ。ああやって勝手に自殺されると」

「いいじゃない。自殺なんだから」

「自殺だから困るんです。得に何の理由もなくただ死にたいなんてのがです」

 それってつまりあたしのことかな、と思って美雪は首を傾げた。

「普通そういうこと心配するのは死神さんじゃないの?」

「ええ、ですから、わたくしの本来の仕事は、死者の魂を正しく導くことです。

このように中途半端な形は専門外なのですが、他にやる者がいないので、仕方なくわたくしが担当しているわけです」

「?どういうことよ。魂を導くって、天国とか地獄とかに連れてくの?あっ、そうか、閻魔さんのとこ連れてくんでしょ」

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