死の代償
「しかし、どうも死んだ実感が湧かないわね。

前の時もそうだったけど」

 右手で触っている傷跡の感触が妙にリアルに伝わる。

 それだけが彼女にとっての死の実感だった。

「皆さんそうおっしゃいますけどね」

「やっぱり。何かもっと悲しいのかと思っていたけどな。

何か自分でもあっさりし過ぎてなんか変ね」

 部屋を一回りした視線は、再び悪魔の顔へ向いた。

 あのときと同じだった。

 黒ソフト帽、黒眼鏡、黒スーツ姿で美雪の目の前に立っている。

 黒シャツも健在だが、ネクタイは赤ではなく黒になっていた。

 顔は相変わらずもやもやして判別できない。

 確か悪魔の姿は自分の心理像によって構成されているはず、つまりあの頃と自分は変わっていないってことかと思った。

「恐怖、不安、嫌悪感というものはそう簡単に大きく変わるものではありませんよ。

ある程度は変化しますがね」

「そういえば、考えていることが判るんだったわね」

「はい。

それにしても、あなたはよほどあの時のことを気になさっていたのですね。

最後の場所にこの部屋を選ぶとは」



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