死の代償
 あとは、どうやって死ぬかだ。

 何かいいものはないかなと、美雪は机の上を見渡した。

 いいものがあった。

 カッターナイフだ。

 鉛筆立てに入った大型のカッターナイフだ。

 何かを切るのに工具箱から持ってきて、それっきりになっていた物だった。

 何を切るためだったのか良く憶えていない。

 答えは閉じた記憶の扉の向こうのようだ。

 カッターナイフを手に取る。

 オレンジ色のプラスチックの握り中に収められた刃は充分に長い。

 刃を止めてあるダイヤルをカチカチと音を立てながら緩める。

 するりと刃を目一杯まで引き出して、ダイヤルを締めて固定する。

 デスクライトの白色光にカッターの刃が油膜でぬらりと光る。

 包丁やナイフのような暖かみのある刃物と違い、

あくまで機能だけしか、『切る』というただそれだけしか持たない

機械染みた冷たい印象の刃がきらきらと輝く。

 握りを左手で持ち、そっと右の親指を刃に垂直に当てて刃の具合を確かめる。

 刃と垂直に指を動かす。滑らかだが硬い刃の感触がぞりぞりと皮膚の表面を伝わってくる。

 美雪は刃物が平気だった。平気というより好きといったほうがいいようだ。

 滑らかで洗練されたブレードを見ているとうっとりとしてしまう。人には余り言えない趣味である。

 でも、自分では一つもナイフを持っていない。

 さすがに、女の子1人でナイフを買いに行くには気が引けるからだ。

 堂々と買えるほどの勇気は持ち合わせていなかった。

 そういう時は、男の子に生まれてたらなと美雪は悔しがっている。

 しばらく、カッターの刃を見詰めて、

その油膜の反射や無機的で全く個性のない冷たい印象をなんとなく楽しみながら右手に持ち替えて、

そっとその冷たい刃を左の手首に押し当ててみた。


< 4 / 30 >

この作品をシェア

pagetop