死の代償
 当てた途端にぞっと来た。

 背中の真ん中を何かが駆け上がっていった。

 本能的な嫌悪感が背筋から頭の中へがつんときた。

 思わず小さな悲鳴を上げて刃を手首から離した。

 しばらくショックで何も考えられなかった。

 初めての体験に頭が混乱していた。余韻で手足が少し震えていた。

 ゆっくりとカッターナイフを机の上に置き、

どきどきしている胸に右手を当てて大きく深呼吸する。

 刃を当てるまで、自分の身体がこんなに死に対して恐怖しているとは思わなかった。

 いや、恐怖だけだろうか。

 刃を当てた左手首をしげしげと見ながら右手でさする。

 敏感になっている皮膚感覚がその感触を過剰に脳へ伝えてくる。

 皮膚の下の薄い皮下脂肪層のさらに下、そこに太い筋がある。

 その筋の奥、そこに脈打つ動脈が走っている。

 指を当てて確かめてみる。

 小さく、だけれども力強くとくとくと脈動が感じられる。

 なんだか安心してしまうリズムだ。

 刃を当てたとき、あのときの感触をゆっくりと思い出す。

 瞬間的に恐怖と思ったが、やはり、それだけではないようだった。

 いったいあの恐怖の向こうに何があるのだろうか。

 美雪は確かめてみる必要がありそうだと思った。

 意を決して、もう1度試してみることにした。

 1度深呼吸してから右手でカッターの柄を握り、ゆっくりと、左手首に刃を当てた。

 来た、死に対する強烈なイメージが背中を駆け上って頭の中に流れ込んでくる。

 1度に処理しきれない衝動が溢れ返ってさらなる恐怖を伝えてくる。

 だけれども、2度目はそんなに急激ではなかった。

 じわりじわりと押し寄せてくる恐怖の波をじっと堪え忍ぶ。

 冷たい刃の感触が、手首から伝わってくる。

 震えそうになる身体をゆっくりとした呼吸でリラックスさせて抑える。



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