大江戸ロミオ&ジュリエット

多聞の気さくな言葉遣いのおかげで、初音は気負わず洗いざらい話す気になれた。

……このお方なら、しかと話を聞いてくれるに相違ない。

さように思わせるものがあった。


「『浮世絵与力』と夫婦(めおと)になった『北町小町』は姑からいびり倒されている。
夫の世話をさせてもらえないどころか、同じ家におるにもかかわらず、顔を見ることすらままならぬ。家中(かちゅう)の者からは『北町小町』はおらぬ者として扱われ、だれも口をきく者もなく、陽当たりの悪い部屋に日がな一日押し込められている。
食事は奉公人と同じ白米(ごはん)とおみおつけしか与えられぬゆえ、お(さい)棒手振(ぼてふ)りから買おうにも『武家の恥』とて許されず、心労も重なりどんどん痩せ細っていきながらも辛抱しておる……という噂話でござりまする」

初音は込み上げてくる涙を(こら)えながらも、一気に話した。

戯作(げさく)者がかような噂を元に黄表紙を書いておって、近々売り出されるとのことでござりまする」

さような本が世に出回ったら……それこそ「松波家の恥」である。


「……母上……事実(まこと)でござるか」

多聞が母親を、眼光鋭き面差(おもざ)しで見据える。

先刻(さっき)までの町家言葉が鳴りを潜め、その代わりに発せられた武家言葉が却って、捕縛した者を吟味(ぎんみ)(取り調べ)するかのごとき厳しさを漂わせている。

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