大江戸ロミオ&ジュリエット

「だけどよ、これからは大丈夫(でぇじょうぶ)だから、安心しとくれな」

多聞は初音にそう云ってから、おもむろに玄丞の方に向き直って姿勢を正した。


「……玄丞先生、此度(こたび)は我が家中(かちゅう)の見苦しきところを御目にかけ、誠に御無礼(つかまつ)ってござる」

多聞は一礼する。
志鶴は祝言の際にも思ったが、すっきりと清々しい所作であった。

「我も我が父も、平生(へいぜい)の御役目の忙しさにかまけて、家中のことを粗末にし過ぎてござった。
此度(こたび)の我が妻に対する我が母の仕打ちについては、父と共に母にはきつう云いおきまするゆえ」

多聞は神妙な面持(おもも)ちで云い切った。

富士が信じられぬ面持ちで、

「多聞、なにを云うておるのじゃ。
母より嫁の云い分を鵜呑みにするのかっ。
母であるわたくしの方を(とが)めるのかっ。
……恩知らずの親不孝者めがっ」

と、金切り声で叫んだ。


「……母上、黙られよ」

多聞は富士の方を振り向きもせず、静かに一喝した。

富士は息子の落ち着いた迫力に唖然として、途端(とたん)になにも云えなくなる。

志鶴は布団の中で、どうすることもできず、ただおろおろするばかりであった。


「玄丞先生、恥を承知で申し上げござるが、此度のことは必ずや収めまするゆえ、何卒、妻の実家(さと)……佐久間殿には御内密にしてもらえぬか」

多聞はさらに深く(こうべ)を垂れた。

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