大江戸ロミオ&ジュリエット
「面を上げよ、多聞。
前髪のある頃から知っておるおまえを、悪いようにはせぬ」
そう云って、玄丞はふっと笑った。
多聞のことは、まだ月代を剃らぬ元服前の若衆髷の頃から存じている。
玄丞が御仕えする、当代安芸広島新田藩主である浅野 兵部少輔様の幼なじみで、同じ剣術道場に通っていた。 御前様とは今でも身分の差を超えた仲だ。
多聞は、我が身が見目麗しいことで周りに騒がれるのを煩わしく思い、やたらと向こうっ気が強くて喧嘩っ早い少年だった。
だが、人の道に反することを嫌い、周りの者の心根の機微をよみ、其々に応じた接し方をするのに長けていた。
ゆえに、町家の庶民相手の御役目は天命であろうと、玄丞は思っていた。
さような多聞が祝言を挙げて、妻を迎えた。
しかも、その相手もまた生まれた頃より知る、家族ぐるみで付き合いのあった佐久間の家の志鶴だった。
……初めて聞き及んだ際には、異な縁であるなと思うておったが。
多聞に対し申し訳なさげに布団に横たわる志鶴を、時折心配げにちらりちらりと見ている多聞。
……いっぱしの夫婦に見えるな。