大江戸ロミオ&ジュリエット
「……志鶴、このとおりだ。
『南町』へ……嫁入ってくれぬか」
娘の志鶴に、彦左衛門は頭を下げた。
一家の惣領である父親が、我が娘なぞに頭を下げるなどとは、武家ではあってはならぬことだ。
だが、それはまた、武家である父にとって、御公儀(江戸幕府)の沙汰によって御仕えする御奉行の下知がそれほど絶対だ、ということにもなる。
志鶴はことの重大さに、身震いしそうだった。
「ち…父上、お顔をお上げくださりませ」
事実、志鶴の声は震えていた。
突っ伏したままの志代からは、恨み節が聞こえる。
「あんまりでございまする……さっさと同じ『北町』の組の中から婿を選んでおけばよかったものを。旦那さまが志鶴を嫁に出しとうないあまり、いつまでも決めぬゆえ、かようなことに……」
志鶴は今年十八で、まさにいつ嫁入りしてもおかしくない歳だった。むしろ、来年になれば「嫁き遅れ」にならねばよいが、という気配になってくるくらいだ。