大江戸ロミオ&ジュリエット

だが、新たな部屋に入った途端(とたん)、多聞は志鶴の耳元でささやいた。

「口を吸うだけじゃぁ、もう辛抱できねぇのよ。美味(うめ)ぇもん、いっぺぇ喰わしてやっからよ。
……(はよ)う元どおりの目方に戻ってくんねぇか」

いつの間にか、奉公人によって支度されていた夜具の上に、そっと横たえられる。

多聞は切羽詰まったせつなげな目で、志鶴を見つめた。

「志鶴……早うおまえを抱いて……おれの『妻』にしたいのだ」

先刻(さっき)までの町家言葉から、武家言葉に変わった。

突如、志鶴の心の臓が早鐘を打ち始めた。
長湯して逆上(のぼ)せたかのごとく、志鶴の身体(からだ)中が、かあっ、と火照(ほて)る。

「母上から聞いたが……千賀に会うたらしいな」

志鶴は肯いた。

千賀とは多聞の従妹(いとこ)で……許嫁(いいなずけ)の名だった。

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