大江戸ロミオ&ジュリエット
「……志鶴、三年、辛抱してくれぬか」
彦左衛門は意外なことを告げた。
「ろくに行き来のない家に嫁に出したとて、おまえが馴染むはずがないことは百も承知だ」
即座に、帯刀が気色ばんだ声を発した。
「ち…父上、初めから離縁を承知で、志鶴を南町へ嫁に出すおつもりか」
がばっ、と身を起こした志代も、信じられない顔をして叫んだ。
「だ…旦那さま、志鶴を出戻りにさせるおつもりかっ。出戻りではもう同じ『与力』の御家へは嫁げませぬっ。嫁げたとしても後妻になりまするっ」
本来ならば「与力」の御役目は一代限りで、実力でもって任じられねばならぬものであったが、いつしか親から引き継ぐ「世襲」になっていた。
今まで俯きがちだった志鶴が、いきなり面をすっ、と上げた。
棗の形のくっきりした双眸の瞳に光が宿る。
「……父上、三年経ってこの家に戻った暁には、
志鶴の思うままにしても、よろしゅうござりまするか」
小さな声ではあったが、しっかりと聞き取れた。