大江戸ロミオ&ジュリエット
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志鶴の兄と同い年で特に仲のよかった「あの方」は、代々北町奉行所で御奉行の側用人(そばようにん)を務める「内与力」の上條家の次男、上條 尚之介として生を受けた。

武家として生まれたからには、御家(おいえ)を受け継ぐのは長男である。次男以下は他家へ養子として出ない限り、実家におっては生涯結婚できず「部屋住み」という肩身の狭い立場で過ごさざるを得ない。

上條 尚之介は、さような居候の「冷や飯喰い」をして一生を潰すつもりは毛頭なかった。

他家へ養子として出るにあたって有利となるよう……その家の娘婿として入るのではなく、子のない家の嗣子(しし)(跡取り)として入れるように……剣術の稽古にも学問の修養にもできる限りの力を注いだ。

ゆえに、町の剣術道場や手習所を飛び越えて、御公儀(江戸幕府)が旗本・御家人の子弟のために設けた其々(それぞれ)の場に呼ばれるほどになっていた。

だが、かように有能であれども、不運なことに与力を務める御家ではどこも既に長男に恵まれていたため、養子を要するところはなかった。

直参(じきさん)(幕臣)の家に生まれたときから、
公方(くぼう)様こそ主君なれ。公方様の他に主君なし」
と叩き込まれてきた身としては辛いが、得意の剣術や学問を生かして諸国の藩主に召し抱えられ「藩士」となるのも致し方なきことか、と思い直していた矢先。

突如、父親が卒中で呆気なくこの世を去った。

父から内与力を引き継いだ兄の上條 広之進は、同じ北町奉行所の与力の御家から妻を娶ったばかりであった。

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