大江戸ロミオ&ジュリエット

「……まさか、旦那の御新造(ごしんぞ)さんじゃあるめぇなぁ」

遠ざかって行く駕籠(かご)を見遣りながら、岡っ引きが屈託なく訊いてきた。

……いや、その「まさか」なのだが。

云えるはずのない言葉を、多聞は心の中で吐いた。

眉間に深いしわを寄せながら、云える言葉で多聞は答える。

「……起っきゃがれっ。うちのは、もっとずっと別嬪(べっぴん)だってのよ」

すると、岡っ引きは腹を抱えて笑いだす。

「そりゃ、そうだ。なんたって、旦那の御新造さんはあの『北町小町』だもんな」

「うっせぇや、いつまでも笑ってんじゃねぇ。
……番所へ戻るぜ」

多聞が岡っ引きを急かした。

「えっ、御新造さんは捜さなくてもいいんでぇ」

岡っ引きが目を丸くする。
今の今まで、多聞が血眼(ちまなこ)になって行方を追っていたからだ。

「あぁ、闇雲に捜しても見当(ちげ)ぇになっちまわぁ。戻ったら、なにか新しい知らせがあるかもしれねぇしよ」

そう云って、多聞は番所の方へ身体(からだ)を向けた。

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