大江戸ロミオ&ジュリエット
御公儀(江戸幕府)によって架けられたその御入用橋は、長さ三十七間(約六十七メートル)幅四間(約七メートル)という広さにもかかわらず「ふる雪の白きをみせぬ日本橋」と川柳にものされるほど、行き交う人々で埋め尽くされている。
なのに、向こうから歩いてくる、ある男女の姿だけは、はっきりと見えた。
歌舞伎役者のような粋筋の男と、その男に首ったけになっている歳上の商家の後家の女という風情の二人だった。
腕を絡めた二人は、こんな混み合った道中なのに、女の方が、
「……ぃやだよぉ、吉さぁん……こんなとこでぇ……やめとくれよぉ」
と云いながらも、時折「口吸い」しながら歩いていた。
忙しくて他所の者など頓着せぬ江戸の者といえども「起っきゃがれっ、この暑気で気でも触れやがったか」と流石に呆れ顔だ。
志代は着物の袖を口に寄せ、顔を背けている。