大江戸ロミオ&ジュリエット
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家にいるときの多聞が、ますます志鶴を片時も放さない。身支度はもちろん、いつしか朝()・夕餉の際の給仕から酒の酌まで、志鶴がやっていた。

多聞は座敷で父親の源兵衛と一緒に食していたため、志鶴が源兵衛にも同じようにしていると、

「……おめぇさん、お武家のおなごが、女中や酌婦みてぇなこと、しなくていいんだぜ」

気を遣った源兵衛からすまなさそうに見られる。
確かにいくら奉公人でも、ここまではせぬかもしれない。

「志鶴、お()っつぁんの酌なんか金輪際すんな。
おめぇはおれのんだけ()ぎゃぁいいってことよ」

多聞はこともなげに云って、左手に持った盃をくいっと上げた。

武家の男は極力右手は使わない。
いつ何時襲われても、すぐに抜刀できるようにとの心得だ。右手は刀を使うためにある。

「お…おいっ、多聞、そいつぁ、ちっと、殺生じゃねぇかい」

源兵衛が(あわ)てて云う。悪いと思ってはいても、志鶴には酌をしてほしいのだ。

確かに外聞の悪いことかもしれぬが、家中(かちゅう)だけのことであるし、喜んでもらえているのであらば志鶴はなにも頓着していなかった。

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