大江戸ロミオ&ジュリエット

そろそろ、銚子の酒がなくなる。
二人ともよく呑むが、ほとんど顔には出ない。
生憎(あいにく)、座敷の外の縁側に奉公人が控えていなかった。

「……ちょいと、行って参りまする」

志鶴は立ち上がった。

「おう、()りぃな」

志鶴が縫った浴衣(ゆかた)を着た多聞は、すこぶる機嫌がよい。

家中とはいえ武家なのだから、奉公人の手前、浴衣姿はやめてほしいと、志鶴は幾度も申していたが、多聞は一向に聞く耳を持たなかった。
挙げ句の果てには、源兵衛までもが縫ってほしいと云いだす始末だ。

志鶴は決して縫い物が得手というわけではないのだが、針の運びが丁寧なため、きれいに仕上がるのだ。

だが。

「志鶴は今、おれの着流しを縫ってんだ。
()っつぁんは、おっ()さんにでも縫ってもらいなよ」

と云う多聞の言葉で、源兵衛の願いは叶っていない。また、妻の富士は針仕事が大の苦手で、いつも人任せのため、頼めるわけがない。


そして、その多聞の「おっ母さん」でもある富士はというと、未だに息子の怒りは収まらず、蟄居(ちっきょ)のままだ。志鶴がどれだけ頼んでも、解くことはなかった。

多聞を怒らせると厄介だということを、志鶴は学んだ。

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