大江戸ロミオ&ジュリエット
志鶴が竈のある土間にさしかかったとき、奉公人のおなごたちの話が耳に入ってきた。
何とはなしに、物陰にさっと身を隠してしまう。
「……ちょいとさぁ、あんた、うちの若旦那の噂、聞いたかい」
一人が甕の中の糠床をかき混ぜていた。
家中の者たちが毎日食すため、かなり大きい。
「噂って、なにさ」
もう一人は胡瓜や茄子を洗っていた。
しょっちゅう追い足さないと、すぐに尽きてしまうのだ。
「あっ、あたし知ってっよ。『浮世絵与力』の噂だろ」
そこへ、新たな胡瓜や茄子が乗った笊を抱えたおなごが加わる。洗っている分だけではまだ足りないらしい。
「えぇっ、なんだよ。みんな知ってんだったらさ、とっとと教えなよ」
一人だけ知らないおなごが、険のある声を出す。
「……いいかい、でけぇ声、出すんじゃないよ」
そう断ってから、急に声を潜めて話しだした。