大江戸ロミオ&ジュリエット
「……こないだ深川にさぁ、吉原の『仮宅』が建っただろ」
「うん、うん」
「うちの中間どもが噂話してっだけでも、鼻の下伸ばしてやがるよ」
呆れ果てた調子の声が聞こえてくる。
男と違っておなごたちには評判が悪いようだ。
志鶴はというと、吉原の「仮宅」なんて我が身には一生縁のない話である。
だが、夫の噂が絡んでいるとあって、今さら顔を出すわけにはいかなくなった。
仕方なく、立ち聞きする羽目になる。
幸いなことに、志鶴からはおなごたちがいる土間はよく見えるが、向こうからは小上がりを挟んだ部屋の奥は見えづらい。
「そこにさぁ、なんと」
そして、一段と声が潜められた。
「……『浮世絵与力』が通いつめてる、って噂なんだよ」
もはや息だけで話しているはずなのに、それが却って生々しく響いてくる。
志鶴の息が止まった。