大江戸ロミオ&ジュリエット
志鶴に会いにきた、と云われると、自室に通さぬわけにはいくまい。
茶の支度をするようおせいに指図する。
すると、すっかり志鶴の味方になったおせいが、能面のようにのっぺりとした顔で、千賀を睨んでいた。
志鶴は千賀を自室に通した。
「……なにも、女中ともども、さような怖い顔をせぬとも」
嫋やかに腰を下ろした千賀は、さもおかしげに笑う。どうやら、知らず識らずのうちに志鶴の顔にも出ていたらしい。
「……此度、赦帳撰要方与力の本田 政五郎さまと御縁があり、祝言を挙げることに相成ったゆえ、御報告に参ってござりまする」
志鶴の聞いたことのない名前なので、相手はもちろん「南町」のお方であろう。
赦帳撰要方与力とは、咎人の罪状に関する名簿を作成し恩赦の際にはその中から選定して奉行に上申したり、江戸府内の名主から提出された人別帳(戸籍)を管理したりする御役目である。
「それは、それは……誠に御目出度きことにて、御慶び奉りまする」
志鶴は深々と一礼した。
「伯母上が存ぜられれば『そなたは多聞を棄てて他家へ嫁入るのか』などと、気の悪いことを云われるやもしれぬから、会えなくてよかったのじゃ」
千賀はしれっと云った。
此度の相手を、よほど気に入ったように見える。生家の例繰方と同じく、町方役人のような命を賭す御役目ではないからだ。
武家同士の縁組では、志鶴もさようであったが、当人の心持ちは二の次、三の次であることが多いゆえ、我が身が気に入る相手とはなかなか縁を結べない。
志鶴は千賀にとって良い御縁でようござった、と心から思った。