大江戸ロミオ&ジュリエット

「……そこでじゃ」

まだ話は続くらしい。
というか、ここからが肝心要の(きも)か。

おせいが茶を運んできた。一礼して、茶碗を千賀と志鶴の前にそれぞれ置く。

「町家での、多聞さまのお噂のことであるが、志鶴どの……そなたご存知か」

おせいの細い目がめいっぱい見開かれた。

今まで、志鶴の耳には()()とも入れたくなくて、心を砕いてきたのに。
なのに、奉公人の分際では一言も発してはならぬ、かような場で……

「……存じておりまする」

志鶴はきっぱりと云い切った。

おせいの目が、金輪際これ以上に目を見開くことはあるまいと思われるほど、さらに大きく開いた。

「もう、お下がり」

志鶴はおせい(・・・)にやさしく微笑んだ。

おせいは一礼して下がった。
唇を噛み締め、お仕着せの前掛けをぎゅっと(しわ)になるほど握っていた。

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