大江戸ロミオ&ジュリエット
代々年番方与力である家に、跡継ぎの嗣子として生を受けた松波 多聞は、生まれたときより人一倍恵まれたところにいた。
「南町一の美人」と若き頃に謳われた母の器量を受け継いだ端整な面立ちは、憧れや羨みだけでなくやっかみも買うことがあって、時折閉口することもあるが、父から受け継いだ畏れを知らぬ豪胆さで打ち払ってきた。
「見習い与力」として町家の番所での「修行」も三年目に入り、当初は武家との違いでとまどうこともあったが、何不自由なく育ったがゆえに培われたおおらかな気質と、生来身につけていた要領のよさで乗り越えてきた。
まだまだ少年の面影を残す松波 多聞は、怖いもの知らずなほど意気盛んで、文字どおり「向かう処、敵なし」であった。
……この地に降り立つまでは。