大江戸ロミオ&ジュリエット
おさよの話は正真正銘の本当の話だったが、この御時世、江戸をはじめ諸国でもよく聞く、ありふれた話であった。
ところが、多聞はまるで雷に撃たれたかのような心持ちになった。
生まれて初めて、かような境遇の「張本人」に出会ったのだ。しかも同じ齢だ。
如何に我が身が恵まれた境遇であったかが、骨身に沁みてわかった。
だが、かような境遇にもかかわらず、おさよは平気の平左で今日も廓の下働きをしている。
細っこいおさよが、重たい漬物石を移しているのを見たとたん、心配のあまり多聞は思わずおさよの手から漬物石を引き取った。
団栗のようなびっくり眼で、おさよは背の高い多聞を見上げた。でも、すぐにほぐれて、にこーっと満面の笑みになる。
その刹那、多聞の心の臓が、きゅうぅっ、と掴まれた。かような気持ちは、初めてだった。
昼間のほんのひととき、しかもおさよは何やかやと仕事をしていたが、多聞にとって次第にその刻が、かけがえのないものになっていった。
おさよといるとき、多聞は朗らかな何の屈託もない、少年のままの笑顔を見せた。