大江戸ロミオ&ジュリエット
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陰暦皐月(さつき)の末の、江戸に夏を告げる大川(隅田川)の川開きの初日には、川岸に料理茶屋から出された納涼船がずらりと浮かぶ。

御公儀から、広小路にも大川端にも屋台を出店することを許されるから、老いも若きも、お武家も町家も百姓も、身を変装(やつ)してそぞろ歩く。
身分を忘れた無礼講の夜だ。

ゆえに、処々で喧嘩だの小競り合いだのがあるから、町奉行所の町役人は、南北問わず各所に駆り出された。

ようやく、持ち場の御役目が御免となった。

多聞は今朝、家人にはかような御役目のあと、そのまま出かけると云っておいた。

気の置けぬ中間(ちゅうげん)には、

『今宵は鍋二郎(なべじろう)と過ごすから』

朝まで帰らぬことを告げると、なぜかニヤリとされた。

鍋二郎とは、町の剣術道場に通っていた子どもの時分からの親友の名だ。

実は、安芸広島新田(しんでん)藩の次期藩主 浅野 兵部少輔(ひょうぶしょうゆう)という雲の上のお人なのだが、どういうわけか馬が合って、元服して御公儀(江戸幕府)から官名を賜られても、未だに幼名で呼んでいた。

今宵は、妹の(たま)姫と幼なじみで御殿医の娘の初音を連れて、両国橋へ花火を見に行くと云っていた。

そして多聞は、(はや)る心持ちを隠しもせず、湯屋(ゆうや)でひとっ風呂浴びたあとに着た浴衣(ゆかた)の裾を翻しながら、吉原へ歩みを進めた。

おさよの方は、かような日の(くるわ)は猫の手も借りたいくらいの大賑わいで、朝からてんてこ舞いであった。

次から次へと、ひっきりなしに仕事を云いつけられていた。ただ、今宵のことだけを胸に秘め、身体(からだ)を動かし続けた。

そして、ようやく廓の客が女郎の布団の中で寝静まる頃、どうにかこっそりと見世を抜け出すことができた。

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