大江戸ロミオ&ジュリエット
懐かしくて、ひとしきり昔話をしたあと、寿々乃は、にわかに表情を引き締めた。
母親の富士から受け継いだ面立ちだが、険がまったくないゆえ、むしろ多聞の方によく似ていた。美しき姉弟であった。
「此度の我が母のことは、たいそう申し訳なきことでござった」
神妙な顔で寿々乃は詫びた。
「わたくしがもっと早うに実家に顔を出しておらば、あないにしぃちゃんを苦しませずに済んだものを」
苦渋の面立ちで云う。
南町奉行所の内与力、水島 織部に嫁いで一男一女をもうけた寿々乃は、実家で実母からいらぬことを云われ養生するよりも、婚家で娘のおらぬ姑の至れり尽くせりの世話の方がずっと心地よかったのだ。
また、可愛い盛りの上の子や生まれたばかりの下の子を連れて実家へ帰ることになるゆえ、夫の水島が『さすれば、家の中が火の消えたごとく暗うなるではないか』と云って渋っていた。
そもそも、二人目の出産のときですら、実家には里帰りしなかったくらいだ。
「……母上には先刻、わたくしからもきつう云い及んだゆえ、どうか許してやってくれぬか」
手習所の時分から、寿々乃は曲がったことが大嫌いで、道理に合わぬことがあらば相手に拘らず筋を通していた。
「松波の血」であったのだな、と志鶴はしみじみ思った。
「許すもなにも、わたくしはなんとも思うてはおらぬゆえ……どうかもう、姑上様をお解き放ちくだされぬか」
さように家族の四方八方から責められては、流石に富士が不憫である。
「ほんに、しぃちゃんは相変わらずでござりまするなぁ」
寿々乃は少し呆れたように、ふっ、と表情を緩めた。
「それに、なぜ姑上様があないになられたかも、わかりましてござったゆえ」
志鶴は目を伏せた。