大江戸ロミオ&ジュリエット

「……お千賀ちゃんが訪ねられたようであるな」

多聞と同じく、寿々乃は察しがよかった。

「なにか云われたか。あの子は綺麗な面立(おもだ)ちゆえに、周りから甘やかされて育っておって、他の者を(おもんぱか)るのに少々欠けておるからな」

実は、千賀も「奥方様の手習所」に参っておったのだが、初日にいきなり奥方様からその甘ったれた気性をこっ(ぴど)く叱られた。
奥方様もまた、道理に合わぬことには容赦がなかった。

だが、心を鬼にして叱るのは、すべて千賀の行く先を慮ってのことである。

にもかかわらず、武家の子女でありながら、それまでろくに叱られたことのなかった千賀は、人前で叱責されたことに臍を曲げて、たった一日で姿を見せなくなったのだ。
ゆえに、志鶴は千賀のことをまったく覚えていなかった。

志鶴は首を左右に振った。

「千賀どのは悪うございませぬ。
わたくしが……無理を云うたゆえ、教えてくださりましてござりまする」

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