大江戸ロミオ&ジュリエット
志鶴は寝静まる前、竃のある土間へ向かった。
この二、三日、毎夜訪れているのだが、この夜ようやく願いが叶いそうだ。
土間では、おきくがただ一人、水仕事をしていた。
「……おきく」
すっと背後に寄った志鶴は、声を殺して告げた。
「『梅ノ香に会いたい』と言付けておくれ」
あの方なら、かばかりで事足りるであろう。
町奉行所で吉原を受け持ち、面番所に詰めているのは隠密同心である。
ゆえに、あの方……島村 尚之介であらば、必ず手はずを整えてくれるであろうと、志鶴は考えた。
おきくは振り向きもしなかった。
ただ前掛けで濡れた手を拭きながら、こくり、と肯いた。