大江戸ロミオ&ジュリエット
「尚之介さま、此度は御足労をおかけ申した」
志鶴は頭を下げた。
尚之介は静かに首を振った。
廓の方でも、吉原を受け持つ隠密同心には逆らえぬのであろう。本来ならば、上客との芝居見物などでもないと、女郎を外へは出さぬのだが「此度限り」という取り決めで、梅ノ香を料理茶屋へ連れ出すことを赦した。
「……志鶴殿」
尚之介の切れ長の澄みきった目が、志鶴をまっすぐに射抜いた。
「大儀ではないか」
心に染み込むように響く低い声で、尚之介が尋ねる。相変わらず志鶴が痩せていたからだ。
今度は志鶴が静かに首を振った。
そして、料理茶屋の屋内へ足を踏み入れた。