大江戸ロミオ&ジュリエット
「多聞さまが立派な与力になりなんしたら、たとえお妾であろうと、いつかきっと、わっちを迎えに来てくれなんしと、ずっと待っておりなんした」
縋るような目で、梅ノ香は志鶴を見ていた。
「……わっちはこの十年、ただそれだけを思うて、この苦界を耐えてきなんした」
その棗のような梅ノ香の両眼に、みるみるうちに涙が込み上がってきていた。
ようやく、志鶴が口を開いた。
「……妻でなくて妾であらば、障りあるまいと思うておるようじゃな」
おのれが驚くほど、低く硬い声であった。
今まで一度たりとも、出したことのないものだった。