大江戸ロミオ&ジュリエット

「……かつて、多聞さまのご母堂様から云われなんした。『おまえごとき(けが)れたおなごに、武家のなにがわかるというのか。それでも、多聞の妻になろうとする気か』と」

梅ノ香はその刹那、遠い目をした。

「確かに、二親(ふたおや)とも百姓でなんしたわっちには、お武家様のことはようわからでなんし」

とうとう梅ノ香の大きな瞳から、ぽろぽろ…と涙があふれた。

「されど、多聞さまとわっちは十五の頃から、まだわっちがこないに身を売る前から……相惚れでいなんした。多聞さまもわっちも、まだ互いにまっさらな時分でありんす。
確かにあれから身を売ったわっちは、穢れたおなごかもしれなんし。
されど……多聞さまに捧げた心までは、一度たりとも売っておらでなんし」

梅ノ香の言葉に、志鶴はすぅーっと目を細めた。

その美しくも冷ややかな表情は、まるで天女が下賤なこの世の者に放つかのごとき神々しさだった。

梅ノ香は天罰に触れたかのような心持ちになり、背筋が凍って、後ずさりしたくなった。

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