大江戸ロミオ&ジュリエット
◆◇ 九段目 ◇◆
◇悋気の場◇
志鶴はいつものように、先に湯屋も夕餉も済ませて、夫の帰りを待っていた。
夫の多聞が御役目から帰ってくると、志鶴はいつものように浴衣への身支度を手伝った。
その晩も、志鶴はいつものように多聞と舅の源兵衛の、夕餉や晩酌を甲斐甲斐しく世話をした。
そして、その夜も、いつものように多聞が志鶴の夜具に入ってきた。
なのに……志鶴は背を向けたままだ。
「志鶴……こっち向けってぇの」
多聞はぐいっと、志鶴の身体を反転させる。
志鶴はすばやく夜着で顔を隠した。
「おい、どしたってのよ。おめぇの顔を見てぇんだ。見しとくれよ」
多聞がやさしく囁きながらも、手では夜着をひっぺ返そうとしている。
……見せたくなかった。
多聞が、我が顔を見ていたわけではなかったと、わかったからだ。
胸の奥が昼間からずっと、ふつふつ、していた。