大江戸ロミオ&ジュリエット

そのとき、まるで天啓のように、志鶴は悟った。

祝言を挙げて間もない頃を思い出す。

多聞の寝間に訪れたとき、
『すまぬが……おぬしの顔を、しかと見せてくれぬか』
と云って、多聞は志鶴の顔をまじまじと見つめた。

……あれは、梅ノ香の顔に似ていたゆえか。

そもそも、天敵と云っても(はばか)らぬ「北町」のおなごを、いくら御奉行様の下知(げじ)とはいえ、多聞が志鶴を娶ると決めたのは。

……初めから、女郎上がりの「愛妾」を持つ心積りで、御家(おいえ)のための「形ばかりの嫁」を望んでいたゆえか。

また、姑の富士の、嫁の志鶴への仕打ちが露見したとき、
『玄丞先生、恥を承知で申し上げござるが、此度(こたび)のことは必ずや収めまするゆえ、何卒(なにとぞ)、妻の実家(さと)……佐久間殿には御内密にしてもらえぬか』
と云って、多聞は深々と頭を下げていた。

……情の通うはずのない「北町の嫁」は好都合であったのに、実家に帰られてはまずいゆえか。

だから、実の母親を蟄居(ちっきょ)にしてまでも、志鶴を(かば)ったのだ。

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