大江戸ロミオ&ジュリエット
武家の娘として厳しく躾けられて育った志鶴は、わざわざ出向かずとも商人が家まで入り用のものを持ってきてくれたし、町家へ時折買い物に行くにしても日本橋の表通りにある大店しか知らぬ。
かような多種多様で猥雑な通りには、来たことがなかった。
目に映るものすべてがめずらしい。
つい、人の流れも顧みず立ち止まって、じいっと見入ってしまう。
芥子坊主の頭の子どもが「飴玉をおくれ」と何文か渡すと、からくり人形がかくかくした動きでその銭を受け取った。そのまま、かくかくした動きで銭箱に入れたあと、今度はまたかくかくした動きで子どもに飴玉を渡す。
多聞が「なんだ、おめぇ、飴玉がほしいのか」と揶揄い口調で云うので、志鶴は慌てて首を横にぶんぶんと振った。
また、手を使わず、歯で噛んで口だけで支えた板の上に、水の入った木桶を二つも乗せて、ぷるぷる耐えている大道芸人がいた。「歯力自慢」と掲げている。
志鶴が「なんとまぁ、強い歯なのであろう」と感心しきって見ていると、多聞が「起っきゃがれっ、水なんざ入っちゃいねぇよ。空桶さ」と呆れた声で云った。
それから、南蛮渡来の反物で誂えたと見える変わった着物の男が、阿蘭陀伝来という薬を売っていた。夏負けやおなごの血の道に効くと云う。
志鶴は、ちょうどよかった、明日帰る実家の母への土産にしよう、と帯の間に挟んだ紙入れ(財布)を出そうとすれば……多聞にいきなり手を掴まれた。
「阿呆か、おめぇは。あんなのは口上だけの香具師に決まってんじゃねぇか」