大江戸ロミオ&ジュリエット
志鶴の父、佐久間 彦左衛門は、無念さで腑が煮えくりかえるのを必死で耐えていた。
だが、膝の上の両拳がぶるぶる震えて仕方なかったのを、どうしても止めることができなかった。
志鶴の母、志代は、この上なく美しく装った一人娘を見て、南町なんぞに嫁にやるために今日のこの日まで育ててきたわけではないっ、と思った。
あまりの情けなさに「よよっ」と泣き崩れてしまいそうになるのを、すんでのところで武家の女の意地を思い出し、踏ん張った。
志鶴の兄、佐久間 帯刀は、叩っ斬るのではないかというほどの眼光で、今日から義弟になるはずの多聞を睨みつけていた。
いつでも本懐を遂げられるよう、畳の上に置いた刀の鍔に左の親指をかけていた。
実は唯一、多聞とは面識があった。
幼き頃より心形刀流の道場に通っていた帯刀は、一度だけ他流派と対外試合をしたことがある。
その相手が一刀流の道場に通っていた同い年の多聞であった。
心形刀流の道場では負け知らずだった帯刀が、不覚にも一敗を喫した相手だった。